大型水素負イオン源の容器壁における粒子損失

核融合プラズマの加熱に使用されるイオン源

ITER計画における核融合炉の全体図 https://www.iter.org/mach/heating

二酸化炭素を排出しない,安定した発電方法として核融合発電が挙げられますが,様々な技術的課題が残っており,現在でも実用化までには至っていません.核融合反応を起こすためには,プラズマを高温・高密度長時間閉じ込める必要があり,閉じ込める方法については主にコイルや超伝導磁石による磁場閉じ込め方式と,レーザーによる慣性閉じ込め方式があります.

一方プラズマを高温に保つためには,閉じ込めている容器内にエネルギーを与え続ける必要があります.磁場閉じ込め方式では,電荷をもつ粒子は軌道が磁場によって曲げられてしまい,制御が難しいため,中性粒子を入射するNBI(Neutral Beam Injection)法が使用されています.

上図はトカマク型核融合炉の実験設備「ITER」の鳥瞰図で、中央にある灰色のドーナツ状の装置の内部にプラズマを閉じ込めます.右側に三台あるオレンジ色の装置がNBIのシステムで,イオン源,中性化セルなどから構成されています.

NBI加熱法の模式図

イオン源には,正イオン源と負イオン源がありますが,中性化する際の効率は負イオンの方が高いので,現在では 負イオン源の研究が主流になっています.負イオン源から引き出される負イオンビームの出力を大きくすることが,核融合の実現に不可欠であり,様々なパラメータ下における装置内部の詳細なプラズマ輸送過程を明らかにすることが本研究の目的です.

本研究では核融合科学研究所(NIFS)のLHDで使用されている負イオン源を対象に,装置内部の電子軌道を粒子シミュレーションによって明らかにしています.

シミュレーション方法

LHD用負イオン源の断面図

負イオン源内部では,フィラメントからの電子と水素ガスを反応させて負イオンビームを取り出しています.出力を最大化するためには,プラズマを高密度に閉じ込める必要があり,装置外部には永久磁石が取り付けられています.

シミュレーションでは,この磁石が作る磁場粒子同士の衝突などを考慮しながら運動方程式を解いて,容器内部の電子分布や壁への損失分布を得ることができます.

下図はシミュレーションで得られる電子の軌道を,可視化したものです.一般的に荷電粒子は磁力線に巻き付くようにらせん運動しながら,負イオン源容器内を飛んでいます.それぞれの色は別の電子を表しており,初期位置や初期速度によって異なった軌道をとることがわかります.

参考までに右側面での壁への損失分布を以下に示しておきます.紫色の点一つ一つが電子を表しています.損失している部分はおおむね磁石の位置と一致しています.

電子の壁への損失分布

イオン源容器内は電子だけでなく、様々なイオンが存在しています。例として容器内での陽子の動きをシミュレーションしてみると、電子とは異なる運動をしており、壁への損失も違った分布が見られます。

陽子の壁への損失分布

当研究室で実験をすることは全くありませんが,外部の研究機関や企業などと連携して,実験データを入手して,物理的なモデルを構築してシミュレーションで再現することが主な研究内容になります.また,その逆で,実験では行われていないような条件でシミュレーションを実行し,新たな知見を提案することも可能です.