イオン源とは、内部でプラズマを生成し、引き出し口から荷電ビームとして引き出す装置です。核融合プラズマ加熱の他、陽子線によるがん治療や素粒子物理研究等で用いられる加速器でも、最初のイオン生成にイオン源が用いられています。
以下では、そのようなイオン源の例として、核融合用に用いられる負イオン源について説明します。
核融合プラズマ加熱用負イオン源
1.背景
核融合を引き起こすためにはプラズマの温度を一億度以上にまで上昇させる必要がありそのためのの手段の一つとして、中性粒子入射(NBI)加熱という方法が提案されている。NBI加熱とは入射する中性粒子のエネルギーを炉心プラズマに伝えプラズマの温度を上昇させる方法のことである。
NBI加熱装置において、高エネルギー中性粒子ビームを引き出すためには中性化効率の高い負イオンが必要であり、現在負イオン生成装置である負イオン源の研究が進められている。
2.中性粒子入射(NBI)加熱装置
中性粒子入射(neytral Beam Injection : NBI)加熱装置の基本構成を図1に示す。図1に示すようにNBI加熱装置は、
◆イオンを生成するイオン源
◆生成されたイオンを加速する静電加速器
◆荷電粒子ビームとガス粒子との衝突による中性化反応を利用したガス中性化セル
によって構成されている。NBI加熱装置は、まず負イオンで生成されたイオンを静電界により引き出し、その後炉心プラズマを閉じ込める磁場の影響を受けないように中性化セルでイオンを中性粒子に変化し、プラズマ中に入射し、加熱する装置である。イオンビームを中性化してやる理由は、ビームの発散角を抑えるためと、磁場の影響を無くし、ビーム粒子をプラズマの中心に到達させるためである。
3.負イオン源の必要性
現在、多くの核融合実験装置では正イオンを用いたNBI加熱装置が用いられている。これまでの研究、開発によって正イオンビームを用いた100keV級のNBI技術はすでに確立されたものとなっているが、現在設計が行われている国際熱核融合実験炉(Intern ational Thermonuclear Experimental Reactor : ITER)等の次期核融合装置では更に高エネルギーのNBIが必要とされる。
例えば、ITER計画では重水素(D)ビームでエネルギーを1.3MeV、量研のJT-60用ではDビームで 500KeV、核融合科学研究所のLHD(Large Helical Device)計画ではDビームで250KeV、が設計値となっている。このように入射粒子のエネルギーが高くなる事が次に示すシステム効率の点で、今後のNBI加熱装置を設計するうえで是非とも解決すべき問題の一つとなった。
NBI加熱装置では、イオン源から引き出したイオンを必要なエネルギーにまで加速した中性化セルを通して高速の中性粒子に変換し、これを標的プラズマに入射する。高速イオンが中性化セルを通過して中性粒子に変換される割合の事をここでは中性化効率というが、これはNBI加熱装置の総合効率に大きく影響する。
正イオンビームは負イオンビームに比べて生成が容易であるが、高エネルギーに加速するとガス中性化セルにおける中性化効率が極端に悪くなる。例えば100 keVでも正イオンの中性化効率は20%以下となっており、10 A相当のビームを得るのに50A以上の正イオンビームが必要ということになる。これは中性化反応の反応断面積が高エネルギー状態で非常に小さいためである。
この問題点を解消するのに、イオンビーム種を負イオンとする負イオン源が有効である。負イオンビームは、高エネルギーにおいてもセル中の中性粒子との衝突により、負イオンの付着電子が容易に剥ぎ取られるため、高い中性化効率が維持される。ガス中性化セルでも60%程度の中性化効率を維持し、しかもエネルギー依存性がほとんどない。さらに、プラズマを充満させたプラズマ中性化セルでは80~90%、レーザーによる電子の光脱離を利用した光中性化セルでは95%以上という高い中性化効率が得られる。
以上述べた理由から負イオンビームを用いたNBI加熱装置は、核融合プラズマを高い効率で加熱できるのみならず、トカマク型装置において電流駆動や分布制御を行える可能性を持ち、将来の核融合炉用の加熱装置として是非とも必要であり、現在、研究開発が進められている。
3.負イオン源の説明
負イオン源の模式図を図2に示す。イオン源容器内には負イオンの種となる水素分子ガスが注入される。一般にガス圧は数mTorrに保たれている。フィラメント(陰極)に電流を流し、加熱して熱電子放出を利用して、内壁(陽極)との間にかけられた電圧で放電を起こし、水素プラズマを形成する。生成されたプラズマは内壁に衝突すると中性化され、損失するので壁に細長い棒状の永久磁石(表面で2kG程度)の磁極を交互に並べてカスプ磁場を作る事でプラズマを閉じ込めている。
これは荷電粒子が磁力線に垂直方向には拡散しづらい事を利用しており、特にフィラメントから放出された一次電子はその壁で衝突するまでの寿命を飛躍的に延ばすことができる。
負イオン源には上述したプラズマ閉じ込め用の磁場の他にフィルター磁場が作られる。この磁気フィルターを挟んで上流側(放電領域)では放電電圧で加速された高速電子が多く存在し、電子温度が比較的高い領域になっている。エネルギーの高い電子はフィルター磁場によって反射もしくは束縛され、高いエネルギーを保ったままフィルターを横切る事はできない。フィルター磁場中で衝突を繰り返し、エネルギーを失った比較的低エネルギーの電子がフィルターを横切って拡散してくる。そのためフィルター磁場の強さを調節することで、下流側での電子温度を制御することができる。1eV程度の電子温度にしておけば、負イオン生成に都合が良い。
このような磁気フィルターによって二室に別けられたイオン源をタンデム型と呼んでいる。また磁気フィルターの上流側を1st chamber、下流側を2nd chamberと呼ぶ。
2nd chamber側の内壁(プラズマグリッド)には直径1cm程度の引き出し孔が空いており、負イオン源内に生成された負イオンを引き出している。引き出された負イオンは、段階の電極を経て静電的に加速され、高エネルギーの負イオンビームとなるが、負イオンと同時に電子も大量に引き出されてしまうため、そのままでは効率や熱負荷の問題が生じる。そのため電子抑制グリッドにおいてビームライン上に磁場をかけ、電子の軌道を曲げて電極の側面に当てて加速グリッドへの流失を阻止している。一方イオン源内の中性粒子も同時にイオン源から流れ出てくる。引き出された負イオンの一部は十分に加速される前に中性粒子との衝突で損失してしまう。これをストリッピングロスと呼んでおり、大きな負イオン電流を得るためには大きな障害となる。そのため、イオン源の運転ガス圧を十分に低くしなければならない