水素負イオン源における高周波放電時のプラズマ挙動の数値解析

担当:N. K.

1. 研究背景・目的

 大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は,欧州原子核研究機構(CERN)の保有する世界最大規模の加速器である.LHCは,2013年ノーベル物理学賞の受賞のヒッグス粒子の発見など,素粒子物理学の発展に貢献してきた.LHCの前段には複数の加速器が連なっており,一連の加速器の初段に位置する装置が,線形加速器LINAC4である.LINAC4の粒子源として用いられる高周波放電型(Radio Frequency: RF)水素負イオン源は,イオンを生成しビームとして引き出す役割を担っている.後段の加速器におけるイオンビームの性能を左右することから,RF水素負イオン源で安定したビームを引き出すことが重要である.
 RF水素負イオン源は,円筒形の装置であり,外部にRFコイルが巻き付けられている(図1).外部から水素分子H2を封入し,RFコイルに高周波電流を流して放電させることで,水素負イオンHが生成される(生成領域).そして,外部から静電場を印加することで,Hビームとして外部に引き出される(引き出し領域).しかし実際の実験では,引き出されたビームの電流強度が振動することが確認されている1.この振動によって後段の円形加速器におけるビームの加速効率の低下を招いているものの,振動の生じる物理メカニズムは明らかになっていない.

図1 LINAC4のRF水素負イオン源の断面

 本研究室では,ビームの振動の物理メカニズムを解明するために,生成領域と引き出し領域のそれぞれで異なるモデルを用いて,数値シミュレーションによる解析が進められてきた.しかし,生成領域のモデルには,時間変化する電磁場を考慮しているものの,ビームの引き出しに関わる静電場を含めて計算できないという欠点が存在する.引き出し領域のモデルにおいては,静電場を考慮してビームの引き出しを計算できるものの,その解析には,生成領域において仮定したプラズマ密度の振動が用いられている.ビームの電流強度の振動について,現実に即した物理メカニズムを解明するためには,2つのモデルを結合して両者の欠点を補った統合的な解析が必要となる.
 そこで本研究では,RF水素負イオン源においてビームの電流強度が振動する物理メカニズムの解明を目的に,2つの領域を横断したプラズマの挙動の数値解析を目指す.本研究は,装置の高性能化や高精度なビーム生成に貢献するという意義を有する.

2. 研究方法

 生成領域および引き出し領域における統合的な解析の実現に向け,最初に生成領域に焦点を当て,高周波電流に対するプラズマの時間変化を解析する.次に,生成領域で得られた解析データを,引き出し領域における解析の入力情報として受け渡すことによって,最終的なビームの電流強度解析につなげる.
 第一段階として位置づけられる生成領域の解析では,LINAC4に用いられるRF水素負イオン源をモデルとした粒子シミュレーションコードNINJA2を用いる.本コードは,電磁Particle in cell法に基づき,マクスウェル方程式や運動方程式を相互に解くことで,プラズマおよび高周波電流によって生じる電磁場やプラズマの運動を自己矛盾なく解ける(図2).粒子同士の衝突については,モンテカルロ衝突法によって200種類以上の反応を判定している.
 NINJAを用いた解析では,定常振動に至るまでに数週間もの計算時間を要する点が課題となる.数値計算的な高速化も取り入れながら,振動の要因となる高周波電流などの物理パラメータを変化させた場合のプラズマの挙動を解析する.本解析を通じて,第二段階の引き出し領域での解析に必要な情報を取り揃える.

図2 NINJAコードの概要 
  1. T. Shibata et al., AIP Conf. Proc., 2373, 050002 (2021). ↩︎
  2. S. Mattei et al., J. Comput., 350, 891-906 (2017). ↩︎